PRESIDENT Online でこんな記事を見つけた。
なぜ天皇家と秋篠宮家はギクシャクするようになったのか…逃れられない「天皇のスペア」という苦悩
小田部雄次(静岡福祉大学名誉教授)さんが書かれている。
最も注目したところ
そこには、天皇になるための「帝王学」「象徴学」への取り組み方が兄弟でまるで違う、と記されていた。
どういうことなのか。
将来天皇になるただひとりだけに教育が施されるシステムのようだ。
戦前、昭和天皇が次の皇位継承者である東宮になると、東宮御学問所という東宮のためだけの特別な機関で教育を受けさせた。一方で3人の弟宮には、そのような特別な教育機関は設けなかった、というのである。昭和天皇と同様の教育を受けられなかったのだ。弟宮たちは、「帝王に仕える臣下」としての態度やふるまいを学ぶ。その教育の差は、今上天皇と秋篠宮においてもみられた、と小田部さんは述べている。
疑問
それでも、兄宮が天皇になると子が内親王だけなので、スペアだから皇嗣という立場になる。
ここで疑問がある。
スペアというのは、同様の役目を果たせることが前提としてあると思うのだが、万が一、天皇に何かあった場合にはどうするのだろう。次の皇位継承者に当たる者が、即座にいつ何時でも同様にこなせなければならないのではないか。天皇になるための教育を受けていない者が、はたしてそのように務まるのだろうか。ましてや、その次の皇位継承者に薫陶を授けることができるのだろうか。
それは、兄弟間の争いを避けるためなのかどうかは分からないが、一子相伝のような天皇教育システムは皇室にとって良いことなのだろうか。
不敬な言い方だが、スペア本来の役目が果たせないただのお飾りになってしまっているのではないか。そのような秋篠宮をつくったのは、皇室だ。「環境が人をつくる」というが、兄弟でまるで違う教育環境がまるで違う兄と弟をつくったのである。今上天皇には浜尾実氏が御養育掛としておられたが、秋篠宮にはどうだったのだろう。
秋篠宮皇嗣殿下
兄宮には天皇になるための特別な教育をし、弟宮には兄宮の臣下になるための教育をする。これは、人権侵害だと思う。弟宮は、幼い時からずっとこのような環境にいたのだ。カピバラやモルモットを食すなどと噂されているが、そうなっても仕方が無いのかもしれない。
兄宮はいつも大切に扱われ優先されるが自分はそれとは違う。むしろ放任されている。幼くして自分の存在意義を失ってしまった。大して必要とされていないのだからと、学びも適当。それらはまったく的外れな想像かもしれないが、中らずと雖も遠からずだと思っている。今上天皇との考え方の違いや色んな意味での自由奔放さは、「私もここにいる」「もっと大切にしてほしい」「愛されたい」という心の奥底からの叫びなのかもしれないとも思う。
これらは、秋篠宮擁護でも皇室批判でもない。
日本国民の端くれにいる一人として、行く末を案じているのである。
希望
今、最も次期天皇にふさわしいのはどなたかと問われれば、敬宮愛子内親王殿下と答える。原稿なしで臨まれたご成年記者会見やケニア大統領ご夫妻をお招きした午餐会でのおふるまいは、ご立派に成長されたことを国民は目の当たりにした。「人を愛し愛され、人を敬い敬われる」ことを願って今上天皇皇后両陛下が命名された通りにご成長された。
名は体を表すとは、まさにこのこと。
しかしながら、国の行く末を憂う日本国民の一人として、次期天皇の継承はやはり男系男子であるべきだと思う。世の中の天皇家派と皇嗣家派の分断をますます煽る一助になってしまうかも知れないが、ふさわしいイコール真の継承者ではないということ。男系男子が2600年以上の長きにわたって連綿と続いてきた歴史は、天皇家が天皇家たる所以であり、日本国が日本国たる所以でもあるはずだ。みんな知っていると思うが、地球上で唯一無二の存在なのである。私も含めて国民一人一人が今すべき事は、先ずは学校では教えてくれない歴史を知ることだと思う。GHQによって、本当の歴史を学ぶ機会を奪われたのだから、取り戻さなくてはいけない。